時間の経つのは早いもので、はや1年以上の時が過ぎてしまいました。
自分にとっては10年にも20年にも感じられる長い長い1年でした。
言葉にすると
病気してた
の一言で片付きます。
病気で体は動かなくても、脳ミソは動きます。(笑
毎日毎日
僕らは鉄板の〜♪ベッドの中で脳ミソだけが忙しく動きます。
最初は深刻なことは考えません。
それが一月経ち二月経ち、考えることはロクでもないことばかりになります。
最初は頻繁に訪れていた見舞い客も次第に足が遠のきます。
こうして一人の時間が長くなってくると、ますます悪い考えばかりが頭の中を駆け巡ります。
少しずつ肉体的に、精神的に、経済的に追い詰められていき、
いつしか
自殺まで考えるようになります。
死にたいわけではなく、生きていたくない、っていう感じです。
このニュアンスの違い、わかってもらえるでしょうか?
この話はまだ誰にも話したことがありませんが、実は2回試みました。
もちろん自殺を、です。
最初は途中で引き返しました。
今ここで死んだらどうなるんだろう、という漠然とした不安。
「あ!下着も服も替えてない!!」(これは自分の中で大事でした。)
そして何より
怖かったのかもしれません。
それからしばらくは死の恐怖を考える日々が続きました。
そしていつの間にか、生きていたくない、から
死ぬしかない、という風に考えるようになったとき、
俺は静かに身の回りを片付けました。
もうその時には片付けるほどのものもなく、ただベッドがあるだけ、
なのですが、それでも黙々と「片付ける」という作業を行いました。
それから下着を替え、服を着替え、
今考えてもその時何を考えていたのかは思い出せません。
思い出せるのは、ベッドだけの何もない部屋と真っ暗な天井だけです。
服を掛けておくフックにネクタイを巻きつけ、
輪の中に頭を通し、
そのままじっと正面を向き「最後の世界」を見入りました。
暗い部屋に小さな窓がひとつ、
月明かりでしょうか、カーテン越しの外はとてもまぶしく見えました。
椅子をけり、首に体の重みを感じました。
どれくらい時間が経ったのか、眠りから覚めるように意識を取り戻しました。
おそらくほんのわずかの時間だったのでしょうが、ずいぶん長く眠っていたような気がします。
古いアパートのことで、フックをねじ込んでいた木の部分が裂けて落ちたようでした。
「あぁ、失敗しちゃったんだな…」
そんなことを考えながらぼんやり天井を見上げていたことを思い出します。
この1年を振り返ってみたとき、言葉にすればたった一言
自殺未遂
という経験が、とても大きな出来事だったように思います。
体に加えて、心も病んでいたのかもしれません。
なんだか他人の出来事のような気さえします。
最近ではもう大丈夫、なのかな?
体のほうはまだ完治してないけど、こぅ、生活や仕事に追われてるって感じで。
ん〜〜何だろう、この感覚。
生きてるってこういうことなんだろうね、きっと。
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